ブログ #5


<「待機児童問題」がもたらす弊害か・・・?>

 H29.10.1から改正育児・介護休業法が施行され、育児休業が最長2歳まで延長されることになった。つまり、育児休業期間は原則、子が1歳に達するまでですが、例外的に子が1歳6ヶ月に達するまで延長することができ、ただ、延長しても保育所に入れない場合には、その時点での再申請を条件に、さらに当該期間を最長2歳まで再延長できることになったわけです。



※厚生労働省ホームページより

  その再申請の際においても提出することになるのが、神戸市の場合であれば、「施設・事業者の利用調整結果通知書」、いわゆる「保育所に入れない証明書」「保留通知」(blog_6.pdf へのリンク)と呼ばれるものです。

 「待機児童問題」すなわち「復職したいのに、保育所で子どもを預かってもらえない問題」を受けて、このような苦肉の策とも言える育児休業期間のさらなる延長が制度化され、合わせて、雇用保険法においても、「育児休業給付金」の支給期間が最長2歳まてとなった。その恩恵を逆手にとるような事態が大阪市を始め、岡山市、横浜市、川崎市などで発生しているという。第6希望まで記入できる、保育所の利⽤申込書にある希望施設欄に、敢えて1ヶ所しか記⼊しなかったことで落選したり、希望する保育所に内定したのに敢えて辞退し、募集枠の少ない2次募集に応募して落選したりして「保留通知」を受け取ったケースのことである。2歳まで延長してもらえるならば、もう少し子どもと一緒に過ごしたいとか、復職のタイミングを図るためにももう少し時間的な余裕が欲しい、といった親の抱える様々な事情も影響しているのかもしれない。弊害という言葉で片付けてしまっては短絡的に過ぎるかもしれない。地域間格差があるとされるものの、一向に解消されない「待機児童問題」、その根は深いと言わざるを得ない。

<自治会での活動・・・>

 平成30年度、我が住む神戸北町の桂木3丁目自治会において、その評議員をさせていただくことになった。しかも、何も分からないまま、自ら「環境美化委員会」という担当部会に所属することに手を挙げ、委員長(笑)を仰せつかってしまった。ところが、この委員会、こんなに厄介なことになるとは想像が付かなかった。特に、地域のごみ出しを管轄する役目を負うが、決められた曜日にごみを出さない、決められた時間帯にごみを出さない、決められた分別をせずにごみを出す、さらに、近辺の排水路に無残にもごみ捨てをするといった具合に、不適切なごみ出しというか、中には悪意性のあるごみ出しも見受けられるなど、その扱いに右往左往する羽目になってしまった。注意喚起のビラを作成して全戸に回覧する、ごみステーションに「不法投棄禁止 取締中!!」という看板設置を地元環境局事業所に依頼し取り付けもらう、不適切なごみ出しがあれば、その都度、写真を撮り適切なごみ出しを促す紙を貼りつける、ごみステーション用のカラス対策ネットの調達やその設置手配、それら諸々の経緯を記録に残す、自治会の会合で委員会活動の報告を行う等々、とにかくやることが多い!!

 すべてが地域に住む人の仕業とは思えないが、ここまでモラルが低下してしまったのかと愕然とすることもある。

 しかし、良いこともある。地域の方々と会話する機会が増えたこと。今までは、地域の方々とは挨拶をする程度でしかなかったが、世間話とはいえ、多数の方々と話しができるようになったことは我ながら良い傾向だと思う。地域に関わり顔見知りを増やすことは極めて大事なこと。災害が多発する中で、我が住む地域にも自然が牙を剥き、被災者という立場になってしまうことだってあり得る。第一に自助ではあるが、共助というものがこれからは求められることになろう。地域に住む方々同士が助けたり助けられたりといったことがあるかもしれない。そのためだけに顔見知りを増やすというわけではないが・・・、これからは公助よりも先ずは共助、ではないだろうか?

 本業は言うに及ばず、現在、県や市からの委託事業に携わったり、年老いた母親との関わり、自身の健康保持にも励まなければならないなど自治会活動以外にもやることがたくさんある。毎日、目まぐるしく時間が経過していきます。

<調理の手習い>

 食へのこだわりを忘れてしまった母親。食が細くなった母親。めんどくさい調理は避けようとする母親。また、母親の中にあった数多くの「レシピ」が消失してしまった。

 そんな母親ではなかったはず。人一倍、食生活には気配りを忘れなかったのに・・・。家族のために手を変え品を変え、気の遠くなるような年月、食事を作り続けてきたのに・・・。しかし、それは決して、怠け癖がついたわけではない。ただ、意思とは関係のないところのものがそうさせてしまっているのかもしれません。ただ、食後の後片付けは決して、俺に任せようとはしない。食器を神経質に洗うところは以前とは変わらないと思う。

 ほとんどの部分では劇的な変化を見せ、ある部分では長年の習慣を守ろうとしています。

  食以外にも変化はある。しかし、それらを今は受容できるようになったのかもしれません。

  できるだけ野菜を多く摂取してもらうために、しかし、肉類、魚介類、卵、牛乳などのたんぱく質の摂取も大事。台所で調理などすることがなかった俺が最近、そんなことをするようになった。ゴーヤチャンプルやチンジャォロース、といったものができるようになったのである。「これ、美味しいね~」と言われると嬉しいですね!!今度は、俺が「レシピ」を増やす番。

 しかし、ついつい、出来合いの物に頼ろうとしてしまうのである。近くにあるコープ神戸などに行けば、何でもある。男一人でも十分に生き永らえるだけの優れものが揃いすぎているのである。今更ながら、世の中、便利になったと思うのである。

 話しは飛躍するが・・・

  しかしだ・・・今般の「北海道胆振東部地震」がもたらした「ブラックアウト」はその便利さや当たり前というゆるま湯に浸かってしまっていた我々現代人に痛烈なしっぺ返しを喰らわした。原発の稼働が制限を受ける中で、火力発電に依存しなければならない我が国において、その火力発電の持つ脆弱性が付きつけられたことを意味し、そんな便利さや当たり前も実は極めて脆く、一瞬にして崩れ去ってしまうことを思い知ってしまったのではないだろうか?

 最後に、地震や台風などによる被害、いつ我が身に起こるか分からないご時世、対岸の火事としてはいけないが、どうか、年老いた母親がこれ以上の苦難に遭うことがないよう祈ってやまないのである。

<消費税軽減税率について(コープデイズ神戸北町店新装オープンに思うこと)>

 我が住む神戸北町にある「コープデイズ神戸北町店」がH30.9.22に新装オープンとなった。食料品が中心の1階はデパ地下のような雰囲気を醸し出し、改装前に比べて垢ぬけしたような感さえある。また、通路も若干広くなったようで買い物しやすくなった気がします。さらに、その3階には「ニトリ」が店舗を構える(H30.11.16)とのことで、楽しみでもある。近隣にあった広大な空き地(以前、ゴルフの打ちっ放し場があった)に「ミリオンタウン神戸北町」と称する複合店舗(Mandai、Joshin、Can Do、しまむら)が近々に誕生(H30.10.13)することになり、その中の「Mandai」の進出はコープこうべにとっては脅威てあったろうと推察される。ただ、我々消費者側からすると、買い物をする場の選択肢が増えることは大いに歓迎するところである。

 ところで、新装オープンとなった「コープデイズ神戸北町店」1階の一画に「コミュニケーションスペース」という買い物客に憩いを提供する場所ができた。そこでは、店舗で購入したお弁当やパンなどを食べることができるとのことで、なかなかいい試みとして、地域に根差したコープこうべらしい演出であると思われる。ただ、こと消費税の軽減税率(8%)適用の可否(blog_7.pdf へのリンク)という側面から見ると、来年10月から実施される予定の消費税率アップに際しては、ちとややこしい事情があるように思える。マスコミにおいても盛んに報道されている「外食・持ち帰り」問題である。「コミュニケーションスペース」での飲食が可能ということであれば、それは「外食」扱いとなり、その場合には、軽減税率とはならず、標準税率の10%課税という結果になるものと思われる。ただ、その場所での飲食を禁止にすれば、「持ち帰り」扱いになり、軽減税率が適用される。しかし、それでは当初の意図からは乖離し、買い物客からの反発も予想され、中には、その場所で飲食をしてしまう人だっているだろう。一方、禁止措置を採らなければ、買い物客がレジで精算する際に、レジ担当が「その場所で飲食するのか、あるいは、持ち帰るのか」を尋ねる必要があるとのことで、レジ担当にとっては極めて煩雑な作業を要することになる。また、そのような質問をされても、ご高齢な方や子ども達にはなかなか理解し辛い事柄だと思われ、レジでの混乱が予想されるところである。どう転んでも、厄介であることは火を見るよりも明らかである。

 このような運用にしようと本気で考えているのだろうか?だとしたら、机上でものを考える役人らしい発想だと思われ、疑問のあるところである。そのような複雑な仕組みにすることなく、お酒などを除き、その余は軽減税率を適用してはどうかと思うが・・・

 我が輩は従来からコープ派である。コープこうべには、これからも趣向を凝らして、地域住民に愛される存在であってほしいと思う。

※ 消費税の軽減税率制度(blog_8.pdf へのリンク)については、政府広報オンラインにおいて、特集ページが掲載されています。下記バナーをクリックの上、ご確認下さい。



<世界女子バレー>

 本大会でまだ無敗のイタリアを最後まで苦しめた。しかし、残念ながら、負けた。

 日本には、そのイタリアのエゴヌのような絶対的なエースが存在しない。平均身長も他のチームに比べ、10cm位低い。その身体的なハンディはどうしようもない。しかし、日本のお家芸は、サーブで崩して相手にプレッシャーを掛け、そして「拾って繋ぐ」バレー。それが通用するゲームが本大会では多くあったような気がする。そんな泥臭い戦い方でも勝ち進んでいけることを我が全日本女子が証明してくれた。ただ、メダルを狙うにはあと一歩足りない。そこに、「拾って繋ぐ」バレーの限界があるのかもしれない。それをカバーするための「データバレー」も、力尽くの強打の前には為す術もなく圧倒されてしまう。

 しかしである。イタリアであろうが、セルビアであろうが、やってみなければ分からない。そんなことを全日本女子のバレーが教えてくれたような気がしている。最初から諦めては何も生まれない、のである。

 あるゲームで印象的な場面があった。我が日本の奥村選手のブロックが相手チームの選手の顔面を捉えた時のこと。彼女はすぐさま、相手のコートに入り、うずくまるその選手を気遣った。そんなことが咄嗟にできる彼女の清々しさに感銘を受けたのは俺だけであろうか?

 残念ながら、5・6位決定戦に回ることになったが、残り一戦、精一杯応援したいと思う。「頑張れ、日本!!」

 我が輩の「隠れ趣味」は、この女子バレー観戦なのである。可愛い選手も多いし・・・(笑)

<女子駅伝でのアクシデント>

 たまたま、目にしたテレビ中継・・・本日(H30.10.21)、福岡県で行われた第38回全日本実業団対抗女子駅伝の第4回予選会「プリンセス駅伝 in 宗像・福津」で、岩谷産業の第2走者飯田選手がゴール手前あと200mというところで突然走れなくなり、両膝を血だらけにしながら這って進み、次走者に襷を渡すというハプニングがあった。その次走者も涙を流しながら、襷を待っていた。

 襷を繋がなければならないという駅伝の持つ過酷さを象徴するような出来事であった。本来であれば、棄権するレペル。しかし、あとの選手に迷惑をかけてはならないという使命感が四つん這いという行動に繋がったのであろう。大会運営に対する批判がSNS上では渦巻いているようであるが、その大会運営の是非はともかく、我が輩、不覚にも涙が出てしまった。ここまでして、つまり、自己を犠牲にしてまで、仲間のために、「走る」のではなく、「四つん這い」になるという姿勢に頭が下がる思いであった。

 200mという距離は走れば、あっという間だが、四つん這いでの200mはどれほどの苦痛であったろうか?察するにあまりある。

 飯田選手、本当によく頑張った!!今後に期待したい!!

<大恋愛・・・>

 若年性アルツハイマー病を患ったアラフォーの女性を主人公にしたドラマが終わった。ドラマの題名から受けるイメージとは掛け離れた内容で、重い。その病は、徐々に、その人の記憶を蝕んでいく。お腹を痛めて産んだ我が子のことも、親のことも、そして、夫のことも忘れていく。ドラマの中で描かれたことは決して大袈裟なことではなく、紛れもない現実なのである。

 今まで他人本意だった人が自分本位に変質してしまう。同じ話しを何度もする。日にち、曜日、時間の認識がすっ飛んでしまう。つい2~3分前に話しをした内容を忘れてしまう。自分の仕業を人のせいにする。身近な人間関係を理解できなくなる。食事の内容ではなく、食事をしたこと自体を忘れてしまう。そんな色んなことが日常茶飯事になってしまう。

 そのような大きな変化を受け入れることができず、対峙する人の困惑度が増していく。見当違いなことや間違ったことを言われて、ついそれを言下に否定してしまう。そのことが却って、その人の尊厳を傷つけることになってしまうことを頭では理解しながらも、感情的になってしまうことがある。

 「受容」の精神を持ちなさいとよく言われる。しかし、それはそんなに容易いことだは思えないのである。身近な人から他人扱いされることほど辛いことはないのである。

 しかし、それをたった一人で抱えているわけではない。周りには、必ずや支えてくれる人がいるはず。そんしかし、それをたった一人で抱えているわけではない。周りには、必ずや支えてくれる人がいるはず。そんな人達のことを大事にし、時には音を上げることがあっても、助けてもらうことがあってもいいと思う。な人達のことを大事にし、時には音を上げることがあっても、助けてもらうことがあってもいいと思う。

 一番辛いのは、自らの記憶が蝕まれていくことに困惑し苛立ちを募らせるその人自身であることを決して忘れてはならないと思う。

<池江璃花子さんに想う・・・>

 「がっかりした」とはなんぞや⁉️五輪担当相が発する言葉ではあるまい。白血病を公表した池江さんの、今置かれた立場や彼女の心情を想えば、決して発すべき言葉ではなかったはずだ。

 まだ18歳、将来を嘱望され、国民の期待を背負い、まだまだ伸び代があろう彼女のこれからは前途洋々だったはずだ。しかし、病は不条理と言わざるを得ない。「運命だから諦めろ」と言うのは容易い。しかし、今、それを受け入れられる精神状態ではあるまい。

 だからこそ、今は静かに見守ってやるしかない。

 病と闘い、そして、それを見事に克服し、五輪に再挑戦してくれることを祈るしかない。

 そんな姿を是非、見せてほしいと思う。

 白血病という病を知らない俺が偉そうに言うべきことではないかもしれないが…しかし、復活してほしい‼️

<成年後見人等候補者名簿登載へ>

 成年後見人養成講座受講がようやく終わった。だからといって、すぐに成年後見人の業務が行えるわけではないが…
 家裁の成年後見人等候補者名簿に平成31年度において登載される予定であるとはいえ、弊職が所属する社労士会はまだまだ後発、先ずは、我々社労士が実績を積み上げ、家裁に認められなければならず、ハードルは極めて高いと言わざるを得ない。

 養成講座から見えてくるのは、どの案件も一筋縄ではいかない複雑なものばかり。また、報酬も相対で決められるものでもなく、家裁の判断次第。しかし、社労士としての専門性を生かせる部分もあり、さらに、これほど知見を高められる仕事はないと思う。やりがいを求めるに相応しい仕事である。頑張りたい‼️


<平成万葉集>

 平成31年4月14日にNHKで放送された「平成万葉集」…その中で紹介された「私がこんなにやさしくないなんて介護の日々に思い知るなり」という短歌。

 俺もそう思うことがある。

 俺のやってることは介護なんて言えるほど、立派なことじゃない。しかし、それでも、やさしくなれないことがある。苛立ちを隠せないことがある。受容には程遠いことをしている。

 そうさせてしまうのは、決してその人のせいじゃない。その人に降りかかった病のせい。そうだと頭では理解しながらも、行動は真逆になる。
 その病は徐々に徐々に進行していく。
 いつも思う。このままでいいのだろうか?…と

 しかし、その人の傾いてしまった背中を見ると、簡単なことも理解できなくなってしまった自分に不甲斐なく頭を垂れる姿を見ると、いとおしい気持ちになるのはまだ、俺の中には、優しさの欠片が存在するからだろうか?

 そんな一欠片が、まだあると信じたい。いや、ある!


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