ブログ #6


<新聞記事に接して・・・>

 某大手新聞社の記事によると、「1型糖尿病」の患者ら(原告)が提訴していたかつての訴訟において、「国が障害基礎年金の支給を理由も開示せずに打ち切ったのは違法」との大阪地裁の判決が確定し原告勝訴となったものの、その後、国が依然不十分な説明のまま、改めて、支給は再開しないとの決定通知を患者らに発したことに対して、患者らは反発、再度、国を相手に、不支給処分の取消しを求めて同地裁に提訴することになったとのことである。当初の判決が原告勝訴という結果とはいえ、国による行政手続法上の瑕疵を理由とした内容であったことから、患者らに対する真の救済には繋がらなかったと言える。診断書という書類だけでの国による判断は果たして、適切であったのか、それが従来からの手法とはいえ、そのような判断姿勢が旧態依然として通用している現状はやはり憂うべき現象であると言わざるを得ない。当方は糖尿病という疾病を患っているわけではなく、その疾病を抱える患者らの苦悩を身をもって知ることができない立場であるが、「1型糖尿病」の持つ特性(そのほとんどが未成年での発症で長期間に亘っての闘病生活、しかも、効果的な治療法がなく根治が難しいとされている)を考えた場合、その苦境に寄り添った施策があって然るべきであると思料する。

 同じく、某大手新聞社の記事によると、 「健康経営優良企業」に認定されていた超大手製薬会社において、36協定で定めた条件を超える違法な長時間労働をさせていたとして、労基署から複数回の是正勧告を受けていたとのことである。何のための「健康経営優良企業」の認定であったのか、唖然とするとともに残念でならない。 当該認定は既に返上されたのことで至極当然の帰結ではあるが、 「健康経営優良企業」 であっても、その信頼性には疑問符が打たれてしまったかもしれない。 「健康経営優良企業」 に認定されているのは名だたる大手企業ばかりであるが、だからこそ、他に範となるべき存在であってほしいと願わざるを得ない。

<老後2,000万円問題>

 65歳以上の夫と60歳以上の妻という主に年金収入を糧に生活する「高齢夫婦無職世帯」をモデルにして、その収支を現した図表(出典:総務省「家計調査」(2017年))が、平成31年2月22日に開催された厚生労働省第1回社会保障審議会企業年金・個人年金部会において提示された資料(企業年金・個人年金制度の現状等について 2. 企業年金・個人年金を取り巻く状況)の中に掲載され、それがさらに、金融庁の金融審議会市場ワーキング・グループから発表された「高齢社会における資産形成・管理」という報告書の中でも取り上げられ、それが政界における政争の具にされているかのような状況である。

 人生100年時代と言われている。高齢化の進展は極めて早く、第一線を退き稼得が無くなって、その後は主に年金だけが頼りという世帯がどんどん増えていくとともに、その期間がどんどん長くなっていくようである。しかし、その主たる年金収入だけでは支出を賄えず、平均的には5.5万円程度/月の赤字が続き、そのままの生活を続けるには、20年だとすると約1,300万円、30年だとすると約2,000万円必要だとされている。それ相応の退職金があってそれだけの資産を保有している世帯であれば、それほど深刻なことではなかろうが、すべての世帯がそうとは限らず、そのような世帯にしてみれば、「大変なことになる」って話しになり、『不安を煽ることになるだけじゃないか、どうしてこんな報告書を選挙(参議院選)前に世に出したのだ』と大騒ぎになり、担当閣僚は当該報告書を正式な報告書とは認めず、当該報告書の受け入れを拒否する事態にまで発展してしまった。

 人事労務トピックス「平成31年度年金額等について」においても触れているが、物価の伸びに比べ賃金の伸びが少ない場合で、物価>賃金≧1の場合には、いずれの年齢層も「名目手取り賃金変動率」をもって、物価>1>賃金の場合には、いずれの年齢層も「1」をもって、1≧物価>賃金の場合には、いずれの年齢層も「物価変動率」をもって、年金額が算出されることになっている。しかも、「マクロ経済スライド調整率」という公的年金被保険者数の変動率(少子化)と平均余命の伸び率(高齢化)を掛け合わせた年金財政にとってはマイナス要因となるものを年金額に反映させる措置が講じられることになっており、当該措置は賃金(又は物価)が上昇したときだけに行われるとのことですので、仮に、上記 物価>賃金≧1 の場合であっても、年金額が名目手取り賃金変動率に応じてそのまま増えることにはならず、さらに、当該措置が講じられるまでには至らなかった年度分に関しては、翌年度以後に繰り越され、 賃金(又は物価)が大幅に上昇したときには、累積された未調整分も含めて調整されることになってしまい、年金額が大幅に増えるということは期待できない形になっているのである。このように、年金だけが頼りの生活はいつまで経っても楽にならないという現実をもたらしているのではないだろうか?

 国民には、年金だけでは決して生活できないとの自覚を促し、その赤字を埋めるためにも、自助努力を求め、若い頃から資産形成に努めてほしいということなのかもしれません。

 人生100年時代に相応しい年金制度と言っても、国の財政状況は極めて厳しく、また、現役世代に過度の負担を強いることは彼ら彼女らに将来へ希望を繋いでもらうことができなくなってしまい、そうなれば、我が国は活力のない衰退の一途を辿る将来を迎えることになるかもしれません。我々年寄世代も相応の負担を甘受し、年金制度が未来永劫持続できるよう、世代間での助け合いの下、所得代替率が50%になることを受け入れざるを得ないのかもしれません。

 当該報告書の持つ意味は、そのような年金制度の危うさの中、国にはその危うさを少しでも軽減できるような施策を打ち出してほしい、そうしないといずれ国も国民もじり貧になるといったメッセージ性を発出したかったのではいだろうか?また、我々国民も国だけに頼るのではなく、特に若者に向け、できるところから少しずつの自助努力を促しているのではないだろうか?とはいうものの、現実には、非正規労働者として働かざるを得なくなってしまった方々も多く、そのような方々は日々生活を送るだけで精一杯で経済的な余裕などなく、投資をするなど論外という話しはよく聞かれるところである。そのような方々への支援が遅まきながらも始まっているようであるが、掛け声だけに終わらず、実のある支援に是非とも繋がっていくよう願うところである。

 なお、その所得代替率50%以前の問題として、弊職の知る人の中には、無年金の方もいます。その無年金の方にとっては、今回の問題は 遠い世界の話しなのかもしれません。そのような方々に対するセイフティネットをもっと強固なものにしていく施策にも取り組んでいただきたいと願わざるを得ません。

<VR認知症体験>

 兵庫県認知症対策室主催の研修を受講し、その中で、VR(virtual reality)認知症体験があった。これは、ある会社が提供する「VR認知症プロジェクト」という『VRの技術を活用し、認知症の中核症状を体験し、認知症を文字で学ぶのではなく、その症状を自分事として体験することを通じて社会に広まっている認知症に対する誤った理解や偏見を溶かしていくことを目的としたプロジェクト(同社HPより引用)』に基づく体験です。3部構成で、「私をどうするのですか?」「ここはどこですか?」「レビー小体病幻視編」をそれぞれ体験した。その中で、特に感銘を深くしたのが「ここはどこですか?」だった。認知症(とは限りませんが)の高齢女性が目的地を目指して電車に乗ったものの、途端に、どこ(どの路線)を走っているのかが分からなくなる、果たしてこの電車に乗って目的地まで辿り着けるのかが分からなくなるといった状態に陥ってしまったのである。同じ車両に乗り合わせた他の人達はいずれも無関心、スマホをいじっている人も多い。そのような中で益々不安な想いに駆られてしまうのです。漸く止まった駅で大勢の人が降りるのを見て、それに呼応するように、その人もつい降りてしまう。しかし、その駅がどこかも分からない。まごまごしているその時に、近くにいた駅員に「ここはどこですか?」と尋ねるものの、その駅員は「あっ、出口ならこのホームの先にありますよ」としか教えてくれない。すると、余計に不安になる有様。しかし、そんな時に、ふと現れた若い女性が声を掛けてくれた。「どうされましたか?何か困っていらっしゃることがあるのですか?」ととても優しい表情で・・・。その人が「横浜まで行きたいのですが、ここがどこの駅か分からなくなってしまって・・・」と答えると、その若い女性は笑顔で「私も横浜に行きますよ。この駅が乗り換え駅になりますから、一緒に行きましょうね」とその人を導いてくれたのである。そんなひとコマであった。
 この程度のことなら、誰でもできそうな気かします。しかし、世間ではまだまだ、それがごく当り前になっていない気もします。何かに困っているような人がいれば、積極的に声を掛ける人がひとりでも多く存在する、そんな社会になってほしいと思う。

<「据え膳食わぬは男の恥」!?>

 いい歳をしてお恥ずかしいが、小生、NHKの連ドラをよく見る。最近は、浮世離れした内容ではなく、現実感のあるドラマが多くなって、ついつい見入ってしまうのである。

 という前置きはさておき、俗っぽいことわざで「据え膳食わぬは男の恥」ってのがある。相手の女性から言い寄られているのに受け入れないというのはどうかしているとかそんな意味だと思う。そんな場面がNHKの連ドラ「スカーレット」であった。ただ、設定は相手の男性が慢性骨髄性白血病を患い、余命3〜5年だということ、そして、そんな重篤な現実を抱えることから、相手の女性のことを受け入れられず、敢えて距離を置こうとするというもの。
 純愛ってのはこんなことを言うのだろうか?当方ぐらいの歳になると、恋愛などは遥か彼方の出来事。だからこそ、ついつい冷めた眼で見てしまうが、虚構の中とはいえ、この二人のやりとりは実に切ない。特に、この女性の一途さが切ない。現実の世界ならば、どうだろうか?相手が不治の病だと分ったら、途端に身を引くってのが相場なのだろうか?特に、世の女性は現実的だと聞くが・・・。

 結局のところ、よく分からん(笑)ただ、我が輩がこの女性の眼差しに接したら、いちころかもしれん(笑)

 あと少しでこのドラマも終わり、この二人の結末が楽しみである。

<一人遊び>

 昼から、陽気に誘われて、ウォーキング。

 ところが、自宅に向かう途中にあるコープこうべを過ぎた辺りにある陸橋の上で、ご高齢の夫婦のうち、旦那様の方が倒れているではないか‼️杖を頼りに歩いていたとはいえ、何かにつまずいて、こけてしまった様子。しかし、かなり大柄な方で、奥様は困り果てている。そこを通り掛かったのが小生でした。

 背中から抱き上げ、立ち上がってもらおうとしたが、本当に重いのである(笑)小生も腰には弱点のある身、不安を抱えながらのボランティア。ようやく、立ち上がることができた旦那様。ご夫婦共々に、恐縮しきりで礼を言ってもらいました。

 幸い、お怪我はない様子。膝の皿を骨折でもしていれば、どうなってか。本当に良かった‼️

 てなことがありました。

 帰って、母親にそのことを言うと、「あんた、ええことしたねー」と言われちゃいました(笑) 別に当たり前のことをしただけなんですけどね(笑)

 ご夫婦が助け合って生きる。そんな光景でした。小生は幸い、まだ一人でどこにでも行ける身。しかし、あと10年後、いや、あと5年後、いや、あと2年後、今と同じ生活スタイルが貫けるか?自信があるとは断言できません。

 一人遊びが好きな俺。元気な今はそれはそれで楽しいのであるが、そうでなくなった時のことを思うと、暗澹たる思いもある。

 だからこそ、先ほどのご高齢のご夫婦のことが逆に羨ましく思うのである。

 そんな歳になりました…

<「逃げ恥」>

 新年明けましておめでとうございます。  

 依然、コロナ禍の中、感染対策を続けなければならない状況を考えると改まった気持ちにもなりませんが、1/2夜に放映された「逃げ恥」はそんな憂鬱な心持ちを吹き飛ばしてくれるそんなドラマだったような気がします。

 野木亜紀子さんという脚本家の感性はさることながら、みくり・平匡という若いカップルが醸し出す暖かさは見る者を惹き付けたに違いないと思います。ドラマ中盤だったか、みくりの平匡に対する優しさが滲み出た場面はこんなおっさんをもほろりとさせるものでした。こんな優しい気持ちを持った女性はこの世には稀な存在なのかもしれません。理想かもしれません。しかし、妊娠という女性にとっては極めてデリケートな状況の中でも、自己本位な自分の立ち位置を見つめ直し、相手のことを思いやれるみくりの素晴らしさはこの上もなく世の男性に衝撃を与えたかもしれません。

 子育てに男も女もない、それは共同作業。これも理想かもしれません。しかし、世の趨勢はその方向に少しずつですが、歩を進めているのかもしれません。男性が1ヶ月ものの間育休を取ることに異議を唱える方々は依然多数派かもしれませんが、ドラマの中で例として挙げられていた、育休ではなく、その男性自身の病気や家族の介護で1ヶ月もの間、仕事から離れなければならない事態に直面した場合と何がどう違うのか、考えてみれば、何ら変わらないと思うのです。育休であれば、周囲の者が前もって心構えができるわけであり、むしろ、周囲に与える影響は後者に比し少ないのではないでしょうか?また、ある場面では、「育児休業給付金」のことにまで踏み込んでいました。それらまで取れ入れたところに、このドラマの重さを見たような気がします。
 
 我が輩のようなおっさんがこのような「ムズキュン」ドラマを楽しみにするというのもどうかと思いますが、楽しみにしていた甲斐があったのかもしれません。

 敢えて、「続編」を期待したいですね!!


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